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《椿姫》と《ラ・トラヴィアータ》

武田雅人

ヴェルディのオペラ《ラ・トラヴィアータ》は日本では《椿姫》と呼ばれています。
「トラヴィアータ」とは「traviare(道を誤らせる、堕落させる)」という動詞の過去分詞女性形で、「道を踏み外した女、堕落した女」という意味となり、クルティザンヌ(高級娼婦)であったヒロインのことをさします。イタリア語としては、椿の花とは直接関係がありません。
オペラの台本の中には、どこにも椿の花は出てきません。
しかしながら、このオペラの原作となったデュマ・フィスの小説・戯曲の題名が「La Dame aux Camelias(椿姫)」でした。日本ではオペラの題名を原作の方からとっているわけです。

小説では、ヒロインのマルグリットが、月のうち25日は白い椿、5日は赤い椿の花束を持って劇場に現れる、という題名の由来が語られます。「どうしてそんなふうに色をとりかえるのかだれにもわからなかった。」と小説の筆者は語っているのですが、よく見かける解説では、白い花の時が「営業中」、赤い花が「本日休業」のしるしであった、という解釈が一般的です。
しかし、「だれにもわからなかった」というのではお客に知らせるサインにはなりませんよね。このいかにも「それらしいが、うがちすぎ」かもしれない解釈が本当にフランス文学の世界で通説なのかどうか、私にはよくわかりません。
一歩譲ってこの記述が筆者の若者のカマトトぶりを強調するものに過ぎないのであったとしても、その後の記述によるとマルグリットにはいわゆるダンナがついているですから、不特定多数の潜在顧客に対して営業日かどうかを公示する必要があったとは思えません。
それに吉原の花魁でいえば「松の位の太夫」のような存在であったマルグリットの場合、ダンナ以外に客をとるとしても初会からねんごろになることはありえないのですから、その日が休業日であるかどうかはあまり問題になるとは思えません。そうだとすると、花の色を取り替えるのは謎の行動、とする方が面白いような気がします。
なお、戯曲「椿姫」の方では、この白い椿、赤い椿のエピソードは出てきません。しかしながら、こういう場面があります:ある男性がマルグリットにバラとリラの花束を持ってきますが、彼女はそれをすぐに女中にやってしまいます。男は尋ねます。「何か気分を悪くさせたかな?」「私のことを世間では何と呼んでいるかご存知?」「椿姫だろう。」「なぜかしら?」「椿の花以外の花を持たないから...。そうか、これはしくじった。」と言って、男はすごすごと帰っていきます。

この芝居の「椿姫」がパリで大当たりをとっていた頃、ちょうどヴェルディは後に妻となるジュゼッピーナ・ストレッポーニとパリ郊外で同棲していました。ジュゼッピーナの境遇とマルグリットのそれを重ね合わせて共感し、名作《ラ・トラヴィアータ》が生まれた、といわれています。
ジュゼッピーナは、ヴェルディの最初のヒット作《ナブッコ》の初演で主役を歌ったスカラ座のプリマドンナで、当時最初の妻と子供たちを病気でなくして失意のどん底にあったヴェルディを励まし、世に出るきっかけをつくってくれた大恩人です。
もちろんクルティザンヌであったわけではありませんが、過去に未婚の母になった経験があり、その時は正式な結婚をせずにヴェルディと同棲をしている女でした。敬虔なカトリック教徒からみると「道を外れた女」と後ろ指をさされる存在であったのです。ヴェルディがすぐに正式な結婚に踏み切れなかったのは、最初の妻の父親がもうひとりの大恩人、彼がミラノで音楽の勉強をする学費を出してくれた故郷ブッセートの有力者アントーニオ・バレッツィだったからです。

この当時(19世紀中ごろ)の欧州では、この種の女が芝居やオペラのヒロインになること自体が画期的で物議をかもす事柄でした。同時代の日本では、すでに歌舞伎や文楽の中で遊女や町娘がお姫様や奥方以上にヒロインとして登場していたわけですから、このあたりの感覚にはずいぶん差があります。
なお、アメリカのMETでは、このオペラを上演する時には、プログラムやポスターの表示にイタリア語の「La Traviata」をそのまま使っています。
METの場合、イタリアとドイツのオペラは原語のタイトルをそのまま使うことが多く、「西部の娘」は「La Fanciulla del West」、「神々の黄昏」は「Götterdämmerung」と表示されます。それでは、一般のアメリカ人が「fanciulla」が「girl」、「Dämmerung」が「dusk」のことであると知っているかというと、たぶん知らないと思います。ましてや、「Traviata」の意味などは、わからない人がほとんどでしょう。

今でこそ、字幕タイトルつきで上演されますが、字幕なしの原語上演が原則だった昔、おそらくニューヨークにおいては、オペラに行くのは外国語の素養があるインテリや上流階級(あるいはそのふりをしたい人)だけだった、ということなのかもしれません。
その点日本にはオペラと似たようなものとして歌舞伎という大衆相手の興行の伝統があります。芝居の外題にわけのわからない外国語をつけてもお客は来ません。オペラ公演の題名のつけ方にもそうした考え方が反映されているのでは、と思います。
最初にこのオペラの邦題をどうしようか考えた人は、「ラ・トラヴィアータ」では意味がわからない、「道を外れた女」ではちょっとアピール力が弱いし、宗教のバックグランドがない日本では理解されにくい、「椿姫」の方が美しいイメージがある、と考えたのではないでしょうか。

もっとも、歌舞伎の場合は「与話情浮名横櫛(切られ与三)」といった題名の掲げ方をしますから、同じように「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」という標記にしても良かったかもしれません。
でも、そうすると、「トラヴィアータ」が「椿」のことを意味すると誤解される危険があります。
昔、誰かの随筆かなにかで読んだことがあるお話です:その筆者がある才女と自認する女性と列車に乗っていたところ、車窓から椿の花が美しく咲いているのが見えました。その時彼女がいわく「あら、きれいなトラヴィアータだこと。」
ところで、小説「椿姫」の始めの部分には、主人公のアルマンが、マルグリットの墓を暴くというショキングなシーンがあります。オペラのアルフレードはヴィオレッタが死ぬ前に再会を果たしますが、小説では、真実を知ったアルマンがパリに戻った時にはマルグリットは既に孤独のうちに死んでしまっていたのです。
アルマンは、彼女の死をどうしても受け入れることができなかったので、もっと立派な墓に改葬するという名目で、遺族の許可をとり、人足を雇って墓を掘るのでした。彼女の死をどうしても受け入れられなかったからです。
この場面で出ていうる変わり果てた美女の亡骸の描写は、日本各地の寺に伝わる美女の死骸が朽ち果てる絵図(通称「小野小町九相図」)を思わせる迫力です。日本人であれば世の無常を感じてそのまま仏門に入るところでしょうが、フランスの青年は違うようです。失神寸前になって寝込みますが、しばらくすると回復し、思い出を語り始めるわけですから。

この小説の設定をオペラにも適用し、実はアルフレードはヴィオレッタの死に間に合わなかったのであり、彼がかけつけてくれてその腕の中で死ぬという最終幕はすべて死の床にあるヴィオレッタの空想の中の出来事であった、とする演出を観たことがあります。佐藤しのぶがデビューした1984年新宿厚生年金会館での公演でした。
この演出(三谷礼二だったと思う)では、前奏曲のときにわざわざマイクで「実は間に合わなかったのです」というナレーションがはいり、最終幕でヴィオレッタが死んだあと、墓から巨大でグロテスクなしゃれこうべが取り上げられるというシーンが付け加えられていたのです。
墓堀のシーンは確かに印象的ですが、小説の中であるからこそ、滅び行く肉体のむなしさと美しい思い出の対比を描ききることができるのであり、オペラの台本のベースとなった戯曲版《椿姫》でもこんなシーンは出てきません。
舞台化にあたって削ぎ落とされるべき物語の枝葉の部分であったわけです。ましてや、戯曲よりもさらに登場人物とせりふを絞らざるを得ないオペラにおいておや、です。
若き日の佐藤しのぶはとても綺麗で、歌も健闘していたので彼女には惜しみないブラーヴァの声をかけましたが、あの演出はどうにもガマンがならず、しゃれこうべを見たとたんに思わず私は大きな声で「ブー」と叫んでいました。それで堰を切ったように場内は騒然となり、カーテンコールは大荒れとなったのでした。
なお、最近日本ヴェルディ協会が定めた邦題一覧では《ラ・トラヴィアータ》が正式とされています。 







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