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ボローニャ歌劇場来日公演(2011年)《清教徒》(9月17日、東京文化会館) 

武田雅人

 原発事故の「風評被害」といえましょう。6月のMET来日公演に続いて歌手の大量キャンセルが出ました。特にこのボローニャの場合、3演目の主役テノールが全滅、フローレスの《清教徒》とカウフマンの《カルメン》はそれをお目当てにチケットを買った人が多いはず。日本のオペラファンの失望と怒りはいやがうえにも高まっていた、と思われます。
 その《清教徒》の東京での初日。幕開きの前にフランチェスコ・エルナーニ総裁が登場して挨拶をしたのは当然かもしれません。キャストの大幅変更にいたったのは遺憾であるが、代わりに用意した歌手たちも確かな顔ぶれであり、最高の演奏をおとどけできると信じている、大震災の犠牲者および急逝したサルバトーレ・リチートラのためにこの公演を捧げたい、といった内容でした。「イタリア統一150周年」という言葉もあったように思うのですが、なぜか通訳に黙殺されていました。

 エルナーニ総裁の「いいわけ」は、来日公演ホームページにも掲載されており、そこでは異例なことに、わざわざこの《清教徒》でアルトゥーロを歌うセルソ・アルベロが「ハイF」を「偉大なる自然をもって歌う」と言及していました。これを読んだ時点で私は、ファンディエゴ・フローレスが聴けないことの「ガッカリ」から立ち直り、この新進のテノールが超高音をどうこなすのかという「「期待」」に気分を切り替えました。
 ご承知のとおり《清教徒》は、夭折の天才、ヴィンチェンツォ・ベッリーニの最後の作品です。優美なメロディーに秀でた作風から「カターニャの白鳥」の異名もある彼のまさに「白鳥の歌」である、などとも言われます。メロディーの天才が生み出した霊感に満ちた美しい音楽に満ちている作品であることは確かです。しかしながら、後世に「プリターニ(清教徒)・カルテット」と呼ばれる当時の名歌手4人の至芸を前提に書かれた作品であるために、なかなか上演機会がないことのほか、名曲と名曲の間をつなぐ合唱やオーケトスラのシーンが退屈に流れやすい、という「弱み」も持った作品である、と私には思えます。そこで、この作品を聴くときには、どうしてもテノールの超高音に関心がいってしまいます。

 通常のオペラですとテノールのアリアにハイC(ド)が出てくるだけで「テノール殺し」などといわれたりするわけですが、このオペラではなんと、そのCより高い音が5回、第1幕の<A te, o cara,...>でのCis(ドのシャープ)、第3幕の2重唱後半の<Vieni, vieni fra queste braccia...>の2回のD(レ)、そしてフィナーレの<Credeasi,misera!>においてDes(レのフラット)を歌ったあとでハイF(ファ)が、カデンツァではなくて本来の譜面に書き込まれているのですから、普通のテノールでは命がいくつあっても足りません。
 特に最後のFは、通常ヴァリアンテのDesに下げるか、ファルセットにするか、過去の名テノールたちもそれぞれのやり方で切り抜けてきました。今回もフローレスがどのような形で歌ってみせるのかに強い関心があったわけです。

 ところが、前述の歌劇場総裁のHPメッセージを読んで、期待は別の形に変わりました。ネットで調べてみると、セルソ・アルベロは、オペラ上演史上(おそらく)はじめて実音でFを歌ったあのウィリアム・マッテウッツィに師事したとあり、さらにYou Tubeで調べてみると、彼がこの箇所をほぼ完璧に響かせている映像が入っていたのです。
 わたしが聴いたこの日の「ハイF」は、You Tube映像での抜けるように安定した響きとまではいかず、少し割れかかってファルセットがミックスした所があったようにも感じましたが、何とか持ちこたえ、棒高跳びでいえば「バーが揺れたけれど落ちなかった」という状態でしたが、クリアはクリアです。初めて現場でその音を聴き、しびれるような感動を味わいました。そしてもちろん、その前の4つの「C超え」はなんの問題もなく輝かしい声できれいに長く伸ばしてみせたのです。

 固唾を飲んで見守っていた観客は、これらの見事な離れ業に大喝采。エルナーニ総裁の狙いどおりに、セルソ君が、ボローニャ来日公演を救った、と言っていいと思います。
 アルベロのいいところは、師匠のマッテウッツィと同じく「特殊な声」ではありながら、通常のテノールの音域でも、自然な甘さと輝かしさをもつリリコ・レッジェロの美声であり、まさに故郷(カナリア諸島)の大先輩アルフレード・クラウスの後継者と目されるにふさわしい気品と様式感を持っている、ということでしょう。このアルトゥーロ役については、硬質でメカニックな響きのフローレスよりもむしろ合っている、といえるかもしれません。

 もちろんこの公演が大成功に終わったのは、セルソ君の個人技だけによるものではありません。中でも特筆すべきは、指揮者のミケーレ・マリオッティでした。1979年生まれというからまだ32歳。生地ペーザロのロッシーニ音楽院で作曲を学び、ドナート・レンツェッティに指揮を学んだというのですから、ベル・カント・オペラについては血肉化したものを持っているに違いありません。
 カターニアのような根っからの優美な音色をもったオケとは違い、どちらかというと無骨で粗っぽいところがあるボローニャのオケを引っ張って、あれだけ甘く優雅な「ベッリーニ節」を歌い上げてくれた手腕はたいしたものだと思います。いわゆる「ベッリーニ・・テンポ」といわれるものは、現代のスピード感からすると、ともすれば退屈で生ぬるい「遅さ」に感じられてしまう危険をともなっているのですが、ミケーレ君の指揮は、あくまでも「優美」の範囲にとどまる絶妙の「ゆったり」感で、たっぷりと緩急の妙を味あわせてくれるのです。

 そして、ヒロイン役のデジレ・ランカトーレも、見事にその棒にのって、まさに「ベル・カント」の様式感と発声で、美しい歌唱を聴かせてくれました。出だしの第1幕第2場はあまり声が響かず調子が悪いのかな、と思っていましたが、第3場でセルソ君がアクート(超高音)をびしっと決めて大喝采を得たことにより、それまでの重苦しい雰囲気が晴れたのでしょう、彼女ものびのびと歌えるようになったようです。
 喝采の最中、恋人同士として抱き合いながら、彼女がセルソ君の肩を「よくやったね」というようにぽんぽん叩いている姿が印象的でした。なお、歌は非常によかったのですが、第2幕、第3幕でエルヴィーラが狂気と正気の間をさまよう表現のコントラストがあまり出ていたかったのは残念でした。

 リッカルド役は、アルベルト・ガザーレがキャンセルとなり、ルカ・サルシというバリトンになりました。こちらは、テノール役と違って、「がっかり」が癒されるような驚きは、残念ながらありませんでした。無難にこなしてはいたものの、初演の名バリトン、タンブリーニのために書かれた美しいアリア<Ah! per sempre io ti perdei,…メр焉Aなんとなく上滑りしている状態で終わってしまった、という感じです。
 一方、ジョルジョを歌ったバス、ニコラ・ウリヴィエーリの方は、芯の通った響きの良い声で、同じく「プリターニ・カルテット」の一角、ルブランシュのためにかかれたアリアや重唱
を美しく歌っていたと思います。
 ヴァルトンを森雅史、ブルーノをガブリエーレ・マンジョーネ、エンリケッタをジュゼッピーナ・ブリデッリが歌っていました。

 演出は、ジョヴァンナ・マレスタという人で、「ピエラッリのオリジナル演出から自由に着想を得ている」との但し書きがついています。舞台美術・衣裳は、そのピエラッリ。照明はダニエーレ・ナルディ、照明再現がジュゼッペ・ディ・イオーリオとなっています。つまり、ピエラッリの古いプロダクション(パレルモ、カリアリとの共同制作)がもともとあり、それを再現するときに自由に手をくわえた、ということなのでしょう。これが問題でした。
 舞台美術と照明は非常に美しく、なかなかいいものだったのに、人物の動きがよくないのです。特に、合唱団の扱いがひどい。群集を不必要なまでに動き回らせるゼッフィレッリなどの演出とは対極で、人々を整列させ、静止させたままで歌わせるのです。
 これではオラトリオとあまりかわりがありません。オペラでも、音楽に注意を集中させたいときには、このような演出もあり、でしょう。でも、前述したように、この作品では、独唱や重唱シーンが霊感に満ちた名曲が並んでいるのに対し、合唱シーンは形式を維持するための「つけたし」や「つなぎ」の位置づけしかない場合が多く、音楽は退屈で凡庸なものが多いのです。これを静止状態で歌われたのでは、いかに腕のいい指揮者であってもたまったものではありません。この公演の唯一の弱点であったといえるでしょう。

 しかしながら、とにかく、総体として非常にレベルの高い公演で、カーテンコールは何度も続き、この日の観客は非常に満足して家路についたと思います。エルナーニ総裁も、この日はほっと胸をなでおろし、枕を高くして眠りについたことでしょう。





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