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METライブビューイング《マクベス》(2014年10月31日東劇)

武田雅人

2014~2015年シーズンのMELV上映が日本でも始まりました。最初の演目《マクベス》の試写会にMET日本代表の井上裕佳子さんにお招きいただきましたので、報告します。

《マクベス》はヴェルディ・フリークの私ども夫婦にとっても特別の作品です。初期の作品の中でもとりわけ完成度が高いうえ、主役のマクベス夫人のキャラクターが私ども贔屓のソプラノ、マリア・カラスとエレナ・スリオティスによく合ったものでもあるからです。
特に後者のスリオティスは、1960年代後半から1970年初めにかけての彼女が20歳代のわずかな期間にだけ活躍したドラマティック・ソプラノ(1971年にNHKイタリアオペラの《ノルマ》で来日しましたが、残念ながらその時は不調でした)なのですが、この曲に関してだけは、あの偉大なカラスを凌ぐものがあったと思います。
彼女がフィッシャー・ディースカウの題名役にギャウロフとパヴァロッティを揃えたガルデッリ指揮で録音した《マクベス》全曲盤は、いまだにこの曲の決定版というべき価値を持っており、私がこの曲を聴くときのスタンダードとなっています。

そんな私どもにとっては、本来リリコのソプラノであるアンナ・ネトレプコがレディ・マクベスを歌うのは、無謀な挑戦のようにも思われました。
この役については、1848年のナポリ公演で歌った歌手についてヴェルディ自身が書簡の中で述べた有名な言葉があります:

「タドリーニ夫人は容姿端麗ですが、私はマクベス夫人を醜い邪悪な人間にしたいのです。タドリーニ夫人は完璧に歌いますが、マクベス夫人はまったく歌わなくてよいのです。タドリーニ夫人は透明で流れるような、力強い美声の持ち主ですが、マクベス夫人の声はしゃがれていて暗いものであるべきなのです。タドリーニ夫人は天使の声ですが、マクベス夫人の声は悪魔のように聞こえるべきなのです。」

ネトレプコには演技力があるとはいえ、容姿端麗で美声であるうえ、スリオティスやカラスのような重くて劇的な声ではないと思ったからです。
ところがそんな懸念は、この映像を観て一掃されました。生で聴いたわけではないので、録音技術でカバーされているところもあるのかもしれませんが、高音には引き裂くような鋭さと強さがあり、低音にはしゃがれたような邪悪な響きがあって、十分にドラマティックであり、まったく不足感のないものだったのです。

このMETにおけるエイドリアン・ノーブルのプロダクションは2007年の新演出で、日本でも2008年の1月にライブビューイングが公開されました。
その時のソプラノはマリア・グレギーナ。生で聴いたときの声の威力はおそらくネトレプコより上と思われますが、時折マクベスの弱気や恐れに同調してしまうような人の好さを垣間見せてしまうところがありました。
それに対してネトレプコのマクベス夫人は、幕間インタビューの中で彼女自身が言っていた「人間の中にあるダークサイドを曝け出す」という「悪女」に徹した強さと凄みが全開でした。
アジリタ技術もグレギーナよりは上ですので、第1幕登場シーンの大アリアなどはその切れ味も生かした見事なものであったと思います。彼女自身、年齢とともに声が重くなってきているのかもしれませんが、こんなに声を張って喉を傷めたりしないだろうか、とちょっと心配になるほどでした。

演技と解釈の面で、特に印象に残ったのは、第二幕フィナーレの宴会シーンにおける乾杯の歌。亡霊出現にマクベスが取り乱したあと、レディ・マクベスが再度乾杯の歌を歌うシーン。
通常はその場を取り繕うために無理な愛想笑いを浮かべ、最初の歌と同じように明るく歌ってみせる場面ですが、ネトレプコは不機嫌さを丸出しにして臆病なマクベスを叱咤するように歌うのです。
改めて、リコルディのヴォーカルスコアを確かめてみると、最初の歌の伴奏パートはピアニッシモに対し、2回目はピアノ、1回目は「マルカート(はっきりと)」と指示されている箇所が2回目では「コン・フォルツァ(力強く)」なり、1回目で「レッジェロ(軽く)」と指示されている箇所に何も指示がない、など音型は同一ながら楽譜には微妙な差異も表現されています。
これは、無理して景気づけしようとしているから強めに歌うということなのか、マクベス夫人のいらだちが現れて強めの歌になるのか、演奏者の解釈によるということになるのでしょう。自分本位な夫人が思い通りにならない状況に苛立ちをあらわにするという今回の解釈は、いかにもネトレプコらしい個性が出ていて面白い、と思いました。


題名役を歌ったのは2008年の時と同じジェリコ・ルチッチ。当時はまだMET2シーズン目で抜擢という感じでしたが、今やMETを代表するバリトンとなり、声、演技とも円熟味が増した演奏でした。
通常の舞台公演であればコンプリマリオ(準主役)クラスが歌うことも多いバンクォーとマクダフを今回はルネ・パーペとジョセフ・カレーヤというバリバリの主役クラスが歌う豪華配役。それぞれのソロにおいて立派な歌唱を見せてくれたほか、アンサンブルの厚みも増したおかげで、このオペラのもうひとつの面白さである第1幕と第2幕のフィナーレにあるコンチェルタートの場面が引き立ちました。それを率いるファビオ・ルイージの指揮も見事。

前回のライブビューイングでは、画面転換が目まぐるしすぎてこのコンチェルタートシーンの面白さを損なっているところがありましたが、今回のカメラワークと画面編集はその辺があまり気にならなくなりなり、同じ演出とは思えない進歩だと思いました。特にバンクォーの亡霊が出現するシーンは格段に良くなっています。
エイドリアン・ノーブルのプロダクションそのものについての感想は、6年前に私が書いた感想をそのまま下に引用します:
演出のエイドリアン・ノーブルは、英国でシェークスピア劇の演出を手がけてきた人物らしい。
インタビューの中で、ヴェルディのシェークスピア解釈は優れたものであるうえ、原作にはない難民の合唱シーンを入れたことも素晴らしい、と言っていた。マクベス夫妻の行為が民衆にダメージ与えたという新しい観点を付け加えたというわけだ。そうした政治や権力の混沌が国民や国家に与える損害という社会的視点を是非とも身近なものとして強調したいがために、時代設定を20世紀に持ってきたのだ、とのことである。

オペラの演出において時代の置き換えを行なうことについて、私はいつも反対ということはないし、特に《マクベス》という普遍的な芝居は、必ずしも11世紀のスコットランドに舞台を限定する必要はなく、抽象化や場所、時代の移し変えも「あり」だと思っている。
しかし、ヴェルディが難民の合唱を挿入した背景には、リゾルジメント(イタリア独立運動)時代の聴衆へのサービスという意味があるという周知の事実を、この演出家はあまり勉強していないようだ。現代でもよくある内戦という政治状況に焦点を当てようとすることは、人間の内面の暗黒や混沌、運命に対する無力など、このドラマが時代を超えて表現しようとしているものからは、少し離れてしまうように私には思われる。また、刺客や兵士などの登場人物は、20世紀なので武器として銃を携えているのだが、実際にバンクォーやマクベスの殺害シーンになると短剣を使う、というのもいかにも不自然であった。
<以上、引用おわり。>

「人間の内面の暗黒や混沌」ということについて少し補足すると、オペラの台本には無いが、原作の三人の魔女のセリフに出てくる次の言葉がこの芝居のキーワードであると小田島雄志先生がおっしゃったのを聴いたことがある:

「いいは悪いで、悪いはいい。(Fair is foul and foul is fair)」

また、このMETのプロダクションについてのもうひとつの不満は、第3幕のバレエシーンをカットしてしまっていることです。パリ向けの改訂版で追加されたものであり、永竹由幸先生などは「さすが巨匠の手になるだけになかなかの音楽なのだが、心がない」とつれない評価を下していますが、私は大好きな曲です。ヴェルディが書いたバレエ音楽の中で最も優れたものだと思っています。
振り付けと演出によっては劇の進行の邪魔にならないどころか、むしろ大きな効果があるものになりえるのです。たとえばスカラのグレアム・ヴィックのプロダクション(ロン・ハウウェル振付)や、マチェラータ音楽祭におけるピエルルイジ・ピッツィのプロダクション(ゲオルゲ・イアンク振付)などは素晴らしいものでした。
ダンサーも振付もレベルが高いニューヨークなのですからぜひバレエを入れてもらいたかったものです。

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